月は言うだろう

話題の超スーパームーンが見られると言う11月14日の関東は、あいにくの雨で見ることは出来なかった。でも、その前日の13日もそしてまたその前の11日も月は綺麗だった。

天空高く輝く小さな球体。

「月が綺麗ね。」と、そこに居た中学生に言ったら

「でも14日の月は見られそうもないんですよね。」と言った。

「そうね、雨模様みたいだし。だから今の月を見ればいいじゃない。」と言うと、賢い彼はそれは違うだろと言う顔をして「ああ」と短く言ったのだった。

確かに、ずれた事を言ったのは私。

だけれど今の月を見て美しいと感じないのかいとちょっと首をすくめたいような気持ちになりながら、小さな球体に送られながら夜道を帰ったのだった。

トップ画像は15日に撮ったもの。

「あなたはスーパームーンの翌日の月よ。」と言ったところで月は言うだろう。

「知るか、そんなの。」


月を見るのはずっと昔から好きだった。

だけどブログを始めたりツイッターを始めたりした頃から、月を見る事にさらに拘るようになったかもしれない。

「月が綺麗ね。」と言うと、誰かがそれに応えてくれるような気がするようになったからだと思う。

それでもあの月、この月などと覚えている事は稀である。

なぜなら彼、もしくは彼女はずっとそこに居て変わらない存在だからだ。

もし彼が(彼女?)

「俺、変わってみせるよ。」などと決意しようものなら、地球の上に暮らす私たちに相当のリスクがあるので、その決意はしないで貰いたいものだ。

などと、くだらない事を言うのが歳を取った証なのかも知れない。変わっていくのは地上でオロオロと暮らしている私たちばかりなのだ。